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- 1825
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- クラークス社誕生
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イングランド南西部の市街地。その小さな町に住むクラーク兄弟、サイラスとジェームスが始めた小さな靴工場からクラークスの歴史はスタートしました。
ボアのついたシープスキンを使った当時としてはとても奇抜なスリッパを発案。これが驚くほどに履きやすく、またたく間に大評判となりました。そして兄弟は本格的にこのスリッパの製造に踏みきっていったのです。
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- 1856
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- 靴専用のミシンを開発
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世界の靴メーカーに先がけ、アッパーとソールを接合するためのミシンを開発しました。

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- 1862
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- ソールカットマシンの稼働
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クラークス社が発明したソールカットマシンは、人の手だけで作っていた時代にとても画期的な発明品でした

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- 1883
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- 当時の女性ブーツのポスター
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右は靴による足の変形図。左はクラークス社開発の木型。
当時から靴づくりにおいて、「足の健康」を最優先させていました。
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- 1913
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- 防水加工の革靴を商品化
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- 1950
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- デザートブーツ販売開始
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当初は「こんな風変りなものが売れるはずがない」と大変低い評価でしたが、販売後はあっという間に人気商品となりました。そして世界のカジュアルシューズの原点となったのです。

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- 1964
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- デザートブーツ日本に登場
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この靴の生みの親はクラーク家の4代目、ネーサンクラークです。そしてこの靴が生まれた背景には、こんなストーリーがありました。
そもそもデザートブーツのアイデアの原点は、第二次世界大戦のさなかまでさかのぼります。
ネーサンクラークがビルマ駐屯の陸軍兵士をしていたある日、友人からカイロのバザールでつくらせたという靴を見せもらいました。それはじつに柔らかい革で、なんとも履きやすい靴でした。ネーサンクラークは終戦後イギリスに戻ってから、その時に覚えていたことを形にして靴を作ったのです。
当時の靴といえば兵士は軍から支給されるアーミーシューズか、あるいは革でできたインド風のプシタールサンダルが主流でした。街の人々もドレスシューズか作業靴しか持っておらず、中間のカジュアルシューズという概念は全くありませんでした。
そのためデザートブーツは「こんな風変わりなものが売れるはずがない」と周囲から一笑に付されていました。
ネーサンクラークはまずはオーストラリアでのライセンス生産からスタート。それがアメリカでヒットしてイギリスに逆輸入というかたちで受け入れられ、そして世界中の人々に広がっていきました。
「結果的にデザートブーツの登場は、これまでになかったカジュアルシューズというカテゴリーを確立させた世界のシューズ界にとって画期的なものとなった」とネーサンクラークは語っています。
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- 1971
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- ワラビー日本に登場
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ワラビーは、1枚革が足を左右からすっぽりと包みこみ保護します。今ではデザートブーツに次いで世界の定番となっているワラビーですが、当初の輸入量はわずか40足たらずでした。

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- 1972~
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- デザートトレック
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センターシームの独得なデザインは、一目見れば忘れないユニークで個性的なフォルムです。

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- 1980~
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- ナタリー
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つま先からかかとまで、ぐるりとラバーソールで包みこみ、包容力に富んでいます。

SHOEMAKERS SINCE 1825 1825年から続くシューメーカー


クラークスのストーリーは、およそ200年前にサイラスとジェームスというクラーク兄弟が作ったシープスキンのスリッパから始まります。当時としては画期的だった発明と職人技の組み合わせは、今日に至るまでクラークスの靴づくりの本質となっています。そして今も変わらず、クラークスの全てのシューズはシデの木材から手作業で削り出した木型から作られています。高度な製造技術やテクノロジー、そして最新の素材に支えられながら現代に合った完璧なシューズを生み出しているのです。
稀なるスリッパが
クラークスの原点だった
1825年、日本では江戸時代の頃にこの偉大なる歴史は始まりました。イングランドの南西部、豊かな田園風景の中にある町『ストリート』に住んでいたサイラスとジェームスの兄弟が、小さなスリッパの製造会社を作ったことから全ての物語が始まったのです。
それまで弟ジェームスは、兄サイラスのシープスキンのラグ作りを手伝っていましたが、ある日「このシープスキンを使って毛がついたままのスリッパを作ったらどんなに気持ちいいことだろう」と考えました。そしてそれを何とか形にするために自分で革をカッティングして、町の靴職人に縫い合わせてもらったのです。こうしてでき上がった稀なるスリッパは、あまりにも履き心地がよく、アッという間に大評判になりました。
これがクラークスの第一号だったのです。
そして兄弟はこのスリッパの本格的な製造のためにお互いの頭文字を取ったC&Jクラークを創立して、ここから200年あまりにもおよぶ長い歴史を歩み始めました。
設立当時はスリッパを作っていましたが、その後靴メーカーとして成長。世界に先駆けてアッパーとソールを縫い合わせるミシンの開発や、ソールカットマシンの開発、防水革靴の商品化など、現代の靴産業に大きく貢献する数々の技術を開発し、徐々に頭角をあらわしていったのです。
そして以降、シューズに関してはつねに世界をリードするメーカーとしてその確かなる地位を確立することになったのでした。
靴は「履く」ではなく「包む」もの

クラークスにはパッケージング哲学があります。人にとっての靴はただ単に「履く」というものではなく、足を「包む」ものであるべきだとクラークスは創立当時から考えています。
弟ジェームスが最初に作ったスリッパも、「人の足を柔らかいボアのついたシープスキンで包み込んだらどれほど快適か」という考えからはじまりました。そしてそれがとても快適であったからこそ、多くの人達に絶賛されたのです。これは、当初から現代までクラークスすべての靴に共通しているといっても過言ではありません。
例えばクラークスのデザートブーツは「足を優しく包む」ことがコンセプトになっています。そしてそれは先進のエアソールとネイチャーベルトを持つワラビーでも同様です。
人が快適に歩くためには、窮屈すぎず、ルーズすぎないフィッティング性が必要であるとクラークスは考えています。これは人が自然に「歩く」ことに対して追求した結果です。歩きやすさを忘れて靴をゴテゴテと飾りたてるのは簡単なことです。しかしそうすることによって、靴の持っている一番重要な性能を台無しにしてしまっては何にもなりません。
“ただ単に「履く」ということでなく、靴は「包む」ものであるべきだ”。これがクラークスの主張であり、およそ200年も続いてきた自信なのです。
PIONEERS & INNOVATORS
パイオニア&イノベーター
創業当初から、私たちはいつも他とは違う考え方、違うやり方を模索してきました。1825年にサイラスとジェームスのクラーク兄弟が作ったスリッパから始まり、世界で初めて本来の足の形をした靴をつくるまでとなりました。さらに革新的なインソールのクッションからスピーディーな試作品を可能にする3Dプリンティングまで、革新的なアイデアによって違いを生んできたのです。
SHOE EXPERTS
靴のエキスパート
レオナルド・ダ・ヴィンチは、人間の足を「人間工学上の最高傑作であり、かつ芸術作品である」と評しました。私たちはそんな足を誰よりも大切に扱えるように研究を重ねてきたのです。生まれてから老人になるまで足がどのように発育・変化するかを観察して、足の生体力学を研究し、働く時、休む時、遊ぶ時に足がどう動くのか細かく調べました。また、足を健康で心地よい状態に保つために必要なことは何かもじっくりと考えました。こうして私たちが学んだことは、履く人にとって完璧な靴を作ることに役立っています。









